齋藤速人インタビュー

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プロフィール

幼いころから馬と共に生活し、獣医師の道を選ぶが、30歳を境に競走馬のトレーナーに転進する。その後は競走馬・乗馬の調教師として、また馬の繁殖・育成に携わりながら、ひたすら「馬づくり」に専念。(株)サイトウ乗馬苑では、千葉に乗馬苑と厩舎を、宮城県に繁殖・生産用の牧場をもつ。

この人に話を聞きたいと思い、急遽インタビューを

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「せっかくだから、馬が見えるところにしましょう」齋藤さんに続いて鉄の階段を上り、プレハブの2階に入ると、その部屋からは飛行場の管制塔のように馬場全体が見渡せる。馬場では数人の若者たちがトレーニングをしている姿が見える。

「あいつも、だいぶしっかり乗れるようになつたな」とつぶやく齋藤さん。きっといつもこうして馬場の様子を見ているのだろう。

今回VOICEに登場してくださった齋藤さんは、千葉県にあるサイトウ乗馬苑の苑長。ちょうどその日、新しい連載企画の取材のためにこちらを訪れたのだが、あの立派な白いヒゲを見た瞬間、「この人に話を聞きたい」と思い、急きょ、インタビューをさせてもらうことになった。

いつのまにか聴診器はずしてムチ持つようになっていました。

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サイトウ乗馬苑では競走馬や乗馬の調教がおこなわれ、若いジョッキーたちが共同生活を送っている。また宮城県に牧場をもち、馬の繁殖・生産にも携わっている。

現在、齋藤さんは、競走馬の調教師をやりながら馬の育成にもつとめているが、はじめはもっと別の通に進もうと考えていたという。
「本当は、獣医さんとして飯を食っていきたかったんだけど、いつのまにか聴診器はずしてムチを持つようになっていました。やっぱり馬に乗りたくてね。でも、実際自分で牧場をつくって育てるということになると、忙しくて乗る暇もないですよ」

さらにうかがってみると、獣医師から調教師になり、牧場をつくったという背景には、齋藤さんのこんな思いがこめられていた。

「親の代から生活そのものが馬といっしょだったね。子供の時はよその子がおもちやで遊ぶように、馬と遊んでいた。小さいころ競馬の世界に憶れましてね。いま、こんな大きな体だけど、昔は競争馬に乗っていたんですよ。でも、競走馬っていうのは、ある程度年をとったり故障したり、クラスが上になってしまうと、競馬には合わないということになる。すると、そうなった馬はどこへ行っちやうのかな・・・と思ってね。そういう馬たちを自分の手元において、乗馬として調教してみたらどうか、と考えたのです」

馬への情がきっかけとなつて、齋藤さんは獣医師からトレーナーの資格をとり、本格的に馬の繁殖・育成・調教を手掛けていった。
「ただし、競走馬としてダメだから乗馬にするんじゃない。競走馬をまっとうした質の高い馬を、乗馬として仕上げていくんです。僕の夢は、いい馬をよく調教して競技用馬でいい成績をあげていきたい、ということ。僕は、外国からできあがった馬
を買つてきて競技会で使うよりも、新馬を自分の手でつくつて競技会に出していく、そういう夢をもつてやってています。そう考えて「馬つくり」に専念しているのです」

馬についての知識、技術をマスターしなさい。
でもそれだけじゃダメなんだ。「心」がなくっちゃ。

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このサイトウ乗馬宛では、若い人たちが毎日馬と生活している。ご夫婦で里親としての資格を持つ齋藤さんは、この若者たちをどのように見つめているのだろうか。

「やっぱりね、馬に乗りたいっていう気持ちできていても、なかなか大変だなあ、ってところが本音だろうね。「馬乗り」なら、いくらでもつくってあげられる。でも、「馬術家」を目指すとなるとね・・・。

僕がいつも子供たちにいうのは、まず馬についての知識をマスターしなさいということ。そして、技術をマスターしなさい。でもそれだけじやダメなんだ。「心」がなくちゃ。馬に対して、周りの人に対しての情というものがなくちやいけないな。知識・技術・心、この3つをやり通していかないと、一人前にはなれない。

馬の道具に対しても、もちろん馬あっての道具だけど、その道具を使って自分が勉強していくんだと思えば、鞍ひとつ、ムチ1本にしても大事にする心が生まれるはずだからね。でも、いまの子供たちは育った環境が僕らとぜんぜん違うから、何を考えているのかわからないところがある。そこがまた難しいね」
齋藤さんには、飽食の時代に育った現代の子供たちに、物事の道理をきちんと教えようとする「親父」の表情がある。こうしてプレハブの2階から馬場をながめるように、乗馬苑の若者たちの成長を見守っているのだろう。

「パンプキン」インタビュー特集より